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昆虫寄生菌による感染症媒介蚊の行動制御

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 昆虫寄生菌は、①経皮的に感染して、②宿主の血体腔内で増殖し、③敗血症を引き起こして宿主昆虫を殺します。したがって、昆虫寄生菌が感染してからしに至るまでの間にタイムラグが生じます。そのため、特に感染症媒介蚊に対する防除効果を評価する上では、蚊の繁殖率や病原体伝搬リスクの観点からも、その間の成虫の行動の変化を勘案しなければ総体的な感染症リスク抑制効果を把握することはできません。また、昆虫寄生菌は、様々な節足動物に対し、感染することで直接宿主を殺す致死効果だけでなく、行動や繁殖率などが変化する亜致死性の影響を与えることが知られています。そこで、当研究では、ハマダラカの生活環を完結させるために不可欠な3種類の行動バターンに着目して、昆虫寄生菌の感染がこれらの行動に与える影響を継時的・定量的に解析しました。

 蚊類の宿主探索行動は、宿主由来の様々な誘引要素(CO2、熱、湿度、匂い、動き、色など)によって励起され、宿主への飛来が成功した場合のみ吸血が可能となります。よって、ハマダラカが標的を確実に認識して、吸血による効率的な栄養摂取を行うことは、ハマダラカの生存において極めて重要な行動の一つであると言えます。また、吸血行動はそれ自体がマラリア伝搬に関わる直接的な行動であると同時に、ハマダラカの卵巣成熟・産卵のために必須であり、吸血量が産卵数を決定することから、疫学上大変重要な行動となります。最後に、産卵行動は、ハマダラカの生活環を完結させるだけでなく、次世代の個体群サイズを決定して、種の保存に直結する重要な行動パターンです。これら3種の行動パターンは、ドミノ的に連鎖していて、いずれかの行動が阻害されても生活感の完結には至りません。また、宿主探索行動もしくは吸血行動が減少すると、ハマダラカのマラリア保有率の減少、宿主吸血立の減少、吸血ハマダラカ数の減少、として現れ、マラリア原虫のベクターとしての機能の低下・喪失を招くことが期待されます。言い換えると、もしハマダラカの生存期間中有にこれらの行動が阻害され、実行されないのであれば、疫学的な意味において不活性なベクターであると言えます。

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 これら3種の行動を評価したところ、昆虫寄生菌感染蚊は、宿主探索行動の鍵となる熱・二酸化炭素・色(黒)に対する誘引性が低下し、これらの情報を認識できなくなることが明らかになりました。また、菌感染蚊の吸血行動をとる個体数は低下し、たとえ吸血に成功しても吸血量が減少します。その結果、1個体当たりの産卵数も低下しました。さらに、菌感染蚊の卵巣の濾胞発育に異常が見られ、濾胞発育率、濾胞サイズは共に低下しました。加えて、たとえ産卵に成功しても、卵の孵化率も低下します。このように、昆虫寄生菌の感染は、ハマダラカの宿主探索行動・吸血行動・産卵行動の全てに影響を与えることが明らかになりました。

​ これまでのベクターコントロールの考え方は、ベクターを直接的に殺すことで病原体の伝搬を阻止するというものでした。しかし、本研究の結果を踏まえると、昆虫寄生菌感染蚊は、たとえまだ生存していたとしても宿主探索行動や吸血行動が阻害される(行動制御)ことで、病原体を伝搬することができなくなります。この個体は「生物としては生きている」状態ですが、ベクターとしてはすでに不活性な状態です。本研究は、昆虫寄生菌を用いることで、ベクターとしては死んでいる状態を人為的に操作できる可能性を示しています。

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